2017年4月18日 (火)

ササマユウコのホームページ

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森の中の鹿を相手に説法の練習をしていたわけではありませんが、2011年3月から「音のない音楽」の世界を旅していました。

音楽とは何か、何が音楽か。正解がないことはわかっていましたが、とにかく自分なりの考え方=言葉を手に入れたいと、日々思考を続けていました(それは今も続いています)。そして最近は「音」に立ち返る場面も巡ってきて、言葉にはない音の力を再確認しています。密かにピアノも弾いています。

50代に入った「今」だからお伝えしたいことを。音楽と言葉の両面から、これからも丁寧に積み重ねていきたいと思っています。サウンドスケープとは何かを知るための「耳の哲学」に関心をお持ちの皆さまには、どうぞワークショップも体験して頂きたいと思っています(お気軽にご相談ください)。

まずはお時間のある時に、ぜひサイト をご覧頂けましたら幸いです。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 

http://yukosasama.jimdo.com/  音のない音楽/CONNECT主宰 ササマユウコ

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2017年3月27日 (月)

『故郷』に想う

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先週、近くの小学校で卒業式がありました。最近はポップスから合唱曲まで様々な歌がうたわれているようですが、この小学校では体育館で『故郷』(高野辰之作詞、岡野貞一作曲)を歌う子どもたちの歌声が、校庭のスピーカーから流れてきたのです。
 その「歌」をたまたま耳にした途端、涙があふれました。
 『故郷』は2011年3月の福島原発事故以来、自分の中で特に演奏することを躊躇する曲でした。というか、音を出すことそのものから距離を置く生活をしていました。そうした中で、偶然こちらに避難する福島の方から『故郷』は「聴きたくない曲」だとお話を伺ったことがありました。辰野氏は自身の故郷である長野県の風景を描いたと言われていますが、普遍的な里山のイメージには、私たちが原発事故で失ってしまったもののすべてが詰まっている。音楽の力には人を勇気づけるものと、無意識に傷つけてしまうものがあることを、音を出す側は常に意識していないといけないと思ったエピソードです。
 一方でつながりもありました。ベルギーからメールが届いたのです。ドイツで開催された復興支援コンサートでたまたま『故郷』を知り、いろいろ探した中で私の編曲したピアノ・バージョンを弾いてみたい、楽譜を送ってほしいという内容でした(楽曲はすべて現在もN.YのTheOrchard社から世界各国に配信されています)。

 作曲家の岡野貞一氏はクリスチャンとして教会でオルガンを演奏していたこともあり、この楽曲にはやはり讃美歌に通じる響きを感じます。西洋音楽を学ぶための国策としてつくられた「文部省唱歌」ではありましたが、100年間歌い継がれた今は、この国を代表するスタンダードのひとつと言って良いのだと思います。
 実は演奏活動を休止した311後も、年に一度ホスピスでピアノを弾かせて頂いているのですが、車いすやベッドのまま楽器の周囲に集まった方たちから自然と歌の輪が生まれるのもこの『故郷』です。それまでは無反応だった方も何かに導かれるように歌を口ずさむ。その瞬間には間違いなく歌や音楽の力を感じずにはいられません。
 『故郷』にまつわる記憶にはダンサー・野和田恵理花さんのことも思い出します。この曲を収録した私のCDをきいてくれて、自身のプロジェクトでも「故郷」で踊ったことがあり「この曲が大好きだし、80歳まで踊りたい」と話してくれました。その二年後、彼女は突然の病で旅だってしまいましたが、今でもそのスピリットは次世代に受け継がれています。
 この5月には、またホスピスでピアノを弾かせて頂く予定です。早いもので9年目となりますが、実は『故郷』を弾くべきかまだ迷っています。文部省唱歌には忘れがたい美しい曲も多い。一方で歌詞が古く歌われなくなってしまった作品も多い。ピアノで旋律だけでも残していく、小さな音楽の100年のいのちを絶やさないことも大事な仕事であるとも思います。特に世代が変わっていく中で、音楽の成り立ちや歴史的な文脈、上から与えられた「文部省唱歌」を否定する流れも当然ある。それは自分の中にも全くないとは言えない。ホスピスの演奏曲を集めた『Mother Songs』を録音したのは311前でしたので、今あのCDを作ろうと思うかはわからない。国と音楽の関係性の歴史を考えたら複雑な心境ですが、しかし美しいと感じる旋律はやはり美しいのも事実です。
 それ以上に、小さな音楽の100年続いたいのちさえ奪ってしまう原発事故の深刻さを考えずにはいられません。もう6年、まだ6年。故郷を奪われた人たちにとって、まだ何ひとつ解決していないという現実からも目を逸らすわけにはいかないのです。

◎YoutubeにUPしているササマユウコの「故郷」です(CD『Mother Songs』収録)

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2017年1月19日 (木)

暮らしの音風景―①

 受験生がいるので気忙しい1月を送っている中、数日前にご近所のおじいさんが93歳で亡くなったのでお線香をあげてきた。本当に木が枯れるように静かで自然な最期だった。
 新興住宅地(といってもすでに半世紀が過ぎている)のつながりは「干渉しすぎない」が暗黙の了解のようなところがあって、それぞれの家庭でそれぞれの暮らしが粛々と営まれている。今回亡くなったおじいさんのお宅に上がったのも息子さんと口をきいたのも初めてだった。玄関先に飾られた洒脱な植木の手入れに「江戸っ子」の文化的背景が感じられ、鉢植えの四季折々の小さな花たちは通りがかりの楽しみでもあった。
 住宅地を俯瞰してそれぞれの家の屋根を外したら、半径数百メートル内で何と様々な人生模様が繰り広げられていることか。それらが今にも切れそうな細い線でつながりながら何とか共同体を保っている。2011年の春に越して以来、明らかにここは「限界集落」だと思うのだけど、例えばこの穏やかな場にあえて「波」を起こす必要はあるだろうかと考える。
この5年で静かに消えていった人たちを思い出す。気づけば在宅ケア医院やホスピスまで、町内をあげて「死に支度」が整っていくようだ。孤独死の話もきく。しかしそれは独り暮らしだったからで、その人が孤独だった訳ではないのだと気づく。
 時おり、新興住宅地に漂う死の気配に絡めとられそうになるが、そこに小さな子ども世帯が越してくると町内にぱっと明るい光が灯る。子どもたちが外で元気に遊ぶ声は「希望」だと思う。各地で「子どもの声がうるさい」と声をあげる大人たちが話題になっているが、実は彼らの寂しさ、心の闇の方こそ深刻だと感じている。死にゆくもの、それを養分に育っていくもの。森の中の木々のように、人も自然に共生できればいいのにと思う。(1月19日Facebookから転載)

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2017年1月 1日 (日)

2017 謹賀新年

2017_32017(平成29年)謹賀新年

音を見失っていた2011年の秋に、
弘前で見つけた鳥笛。
あれからの日々を忘れない。
「希望」のサウンドスケープを奏でよう。
ちいさな音楽、耳の哲学。
2017年1月1日 ササマユウコ

 

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2016年12月31日 (土)

ピアノのこと

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①今年いちばん印象に残ったピアノ。様々な事情から親と離れて暮らす障害のある子供たちの施設、その食堂の片隅にあった。今では珍しい象牙の鍵盤で、丁寧に時間を重ねた丸くて優しい音がした。ピアノの前にいくと高校生の男の子がやってきて、ベートーベン「悲愴」第2楽章の頭を弾いてくれた。「好きな曲?」ときくと、はにかみながら「うん」と頷いた。彼はとても耳がよく、記憶から旋律を紡いでいた。おそらく緊張で室内を走り回っていた背の高い男の子がいた。その子がある瞬間、ピアノの傍に静かに腰を降ろした。彼は床に体育座りをして空(くう)を見つめたまま、静かな横顔でこちらの音に耳を傾けていた。彼は「何を」きいていたのだろう?言語のやりとりは困難だったので、今も謎のままだ。もしかしたら魔法のピアノだったのかもしれない。子どもたちはみんな、このピアノが大好きだった。

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②12月のミロコマチコ展で弾いたJIKE STUDIOのピアノ。アメリカ製(ワシントン)で100歳だった。響板にひびが入っているらしく、弾く場所によっては何とも面白いダミ声のような倍音が鳴った。低音は心地よい抜け感。会場中央に太陽のようなミロコさんとカプカプのトミさん、彼らの間を惑星のように自由に動く新井英夫さんと板さん、その周囲にはカプカプーズや会場のお客様たち。60名近いエネルギーが歌や踊りとなって渦巻く「宇宙の音楽」が内側から立ち現れた。時おり、誰かが飛び入りでやってきては即興の連弾になる。自分もそれを当たり前に受け入れていた。若い頃の自分ならどうしただろう?ひらかれたのは楽器か、音楽か、それとも心か。一期一会のサウンドスケープに、自分がいま求めているのは「関係性の音楽」だとあらためて実感した。(結局役に立たなかったけど、バックミラーを付けたのも初めてだった)。

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2016年10月 7日 (金)

「即興カフェ」終了しました!

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夏のような陽射しの中で「即興カフェ」終了しました。実はホスピスやワークショップを除いて、人前でピアノを弾いたのは2011年以来です。今日という日は決して当たり前ではなく、音楽を見失い苦しんだこの5年間を振り返りながら、祈るような気持ちで音を出していました。風の音がすごく心地よかった。
大切な仲間たち、森のテラスの皆さん、そして貴重な時間を使って足を運んで下さった方たち。ありがとうございました。何より10年前の「生きものの音」を大切に聴いてくれていた次世代音楽家たちと、この場所で共演できたことも嬉しかったです。等々力政彦さんとは2010年公園通りクラシックスのデュオ「旅する音楽」以来でしたが、お互いに50代になって’音が’成長したような気がします
●当日の写真などはこちら ⇒http://yukosasama.jimdo.com/

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2016年9月19日 (月)

【急遽決定!】即興カフェvol.1 @調布 森のテラス

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音楽家のプライベートな音の対話。そこに立ち現れる関係性=オンガクには特別な輝きが生まれることがある。「演奏者⇒観客」という一方向の、ある意味「ハレ」の関係性とは違う「何か」がある。今回はそこを、訪れた方と緩やかにシェアしてみようという、ある種の矛盾を孕んだ試みです。いわゆる「ライブ」や「公開リハ」とも違う。お好きな時間にお好きなように、思い思いに音風景を感じて頂けたら嬉しいです。「おもてなししない」という一期一会のおもてなしの場。

日時:2016年10月6日 OPEN 13時~16時 ※13時からセッティング、14時15分頃から10分程度の休憩。後半は15時45分から片づけの予定です。

対話する音:ストリングラフィ(鈴木モモ)×ササマユウコ(ピアノ、音具)×特別ゲスト・トゥバ民族楽器、声(等々力政彦)

場所:森のテラス
調布 仙川駅徒歩15分 www.moritera.com

参加費
:おひとり1000円
(お茶付き。保護者同伴のお子様は無料です。赤ちゃんもOKです)
※Open時間内の出入りは自由です。

即興カフェ silk&iron (シルクアイロン) とは・・繊細かつ大胆に、音で対話する場。
ジャンルを問わない自由な即興から生まれる「場そのもの」をオンガクとして共有します。「演奏者⇒観客」といった従来の関係性とは違う、演奏者たちの「音の対話」から立ち現れるその瞬間を、訪れた方にも自由に感じて頂くひと時です。即興カフェではワーク・イン・プログレスのほか、ワークショップ、対話型哲学カフェなど、「即興」の持つ可能性をさまざまなかたちで追求していきます。柔らかでフラットな関係性がつくる「表現の自由」とは?

※即興セッションは演奏者の内側に向けて行われますが、音は外側に放たれます。森の音、生活の音、さまざまな音と混ざり合った音風景、オンガクが生まれる瞬間をどうぞご自由にお楽しみください。

出演者紹介:

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鈴木モモ (ストリングラフィ奏者) 国立音楽大学教育音楽学部第II類卒業。幼少期に、ハンガリーの作曲家コダーイの創案した教育システム、コダーイシステムを主とした合唱団にて、ハンガリーの民謡や日本のわらべうたに親しむ。大学卒業後はアートギャラリーに勤務、後に2002年よりストリングラフィアンサンブルに参加、現在まで海外公演も含め数多くの舞台に立つ。また様々なアーティストとコラボレーションすることでストリングラフィの新たな可能性を探る試み「stringraphyLabo」を2011年から企画、主宰している。その他に自宅を開放したイベントスペース「minacha-yam」では口琴WSからアラスカ鯨漁のお話会まで様々なジャンルのイベントを開催。 http://minacosmo.wixsite.com/colorofminacosmo

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ササマユウコ (音楽家・CONNECT代表) 4歳よりピアノを始める。上智大学卒業後、映画、出版、劇場の仕事と並行して音楽活動。2011年の東日本大震災を機に、弘前大学大学院今田匡彦研究室社会人研生(20133月まで)として、サウンドスケープを内と外の関係性から「耳の哲学」と捉えている。音楽家としては1999年からCD6作品を発表し、N,Y.Orchard社より世界各国で聴かれている。201512月アーツ千代田3331で発足したスイス人音楽家JanAngelaの即興ワールド・プロジェクト「音を奏でる身体~動く音響」コラボレーター。またダンサー・新井英夫氏との「キクミミ研究会~身体と音の即興的対話を考える」など特に即興の可能性を探っている。 コネクトhttp://coconnect.jimdo.com/ 個人http://yukosasama.jimdo.com/

 
1回ゲスト

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             等々力政彦 (トゥバ音楽演奏家)

20年にわたり南シベリアで喉歌(フーメイ)などのトゥバ民族の伝統音楽を現地調査しながら、演奏活動をおこなっている。嵯峨治彦(モンゴル音楽)とのユニット「タルバガン」、奥野義典・瀬尾高志・竹村一哲とのユニット「グロットグラフィー」、ササマユウコ・真砂秀朗とのユニット「生きものの音」でも活動中。国内外ワークショップ、執筆も多数。研究者と演奏家の顔を持つ稀有な存在。

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2007年秋、調布の森のテラスでは2日間にわたる即興の記録、CD『生きものの音』(真砂秀朗、ササマユウコ、等々力政彦 DALIA-001)が録音され、ピーター・バラカン氏のラジオ番組で特集紹介されました。※当日CD販売あり。

企画・主催 即興カフェsilk&iron
      (予約不要) お問合せCONNECT/コネクト内) http://coconnect.jimdo.com/

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2016年9月16日 (金)

十五夜に寄せて

Photo 娘が2歳の頃に「私はうさぎ姫だからいつかお月様に帰るのよ」と言い出して、ドキドキしたことがある。彼女は9月の満月の頃に生まれて、私は出産時に文字どおり死にかけた。あの時から生と死がいつも背中合あせにあるようで、育児は余生の「ミッション」というか、なんとなく普通の子育てとは違う感覚だった。この子は本当に月から来たのかもしれないと、冒頭の言葉を聞いてからは、まるで「かぐや姫」を育てている婆さんのような心境だったと思う(笑)。しかも2歳前後の子どもは不思議と預言めいたことを口にするので、これは何かの「お告げ」かもと言葉を記録していたくらいだ。いま振り返れば「親バカ」の変型とも言える。

私が4歳の頃に人類が初めて月に行った(ことになっていて)、小学生の時に読んだ子ども向けの科学雑誌には「あと10年もすれば100万円で月に日帰り旅行ができるようになります」と書いてあって、かなり本気で楽しみにしていた。いつかこの青い星を外側からみたいと思ったし、宇宙飛行士を目指した同世代はきっとあの記事をどこかで読んで、変わらずに信じて大人になった人たちだと思う。
日は偶然10年前の雑誌記事に「太陽よりも月のような音楽家」と自分のことが書いてあるのを見つけた(作品タイトルが『月の栞』だったからか)。たぶん今は自転しながらさらに太陽の周りを回って惑星仲間もいる「地球」そのものだと思うけど、確かに妊娠・出産・育児期はもっと月を身近に感じて生活していた。新月満月、宇宙のリズムを意識するようになると、特に小さな子の調子を掴みやすくなるし、自分の内側の宇宙も意識するようになる。そして、それはそのままサウンドスケープの哲学ともつながって、欠片の集合体だった世界が一気にひとつの輪になるような感覚に包まれる。
9月の満月を見上げると忘れかけていた記憶や感覚がよみがえる。自分の生命にいつもより近づく感じがする。未だ実現しない月旅行よりも、家のベランダから遠く見上げるくらいの宇宙が私にはちょうどいい。そしてもうすぐ彼岸の入り、22日は秋分の日だ。

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2016年8月28日 (日)

【終了しました】キクミミ研究会夏の特別企画 『生きることは即興である~それはまるで‘へたくそな音楽’のように』

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【終了しました】

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 当日の詳細はこちら→

キクミミ研究会~夏の特別企画
生きることは即興である

 ~それはまるで‘へたくそな音楽’のように」

特別ゲスト:若尾裕(臨床音楽学)
きき手:キクミミ研究会
       新井英夫(体奏家)
       ササマユウコ(音楽家)

日時: 8月26日(金)20時~22時
場所:下北沢本屋B&B www.bookandbeer.com
□主催:B&B

サウンドスケープ、音楽教育、音楽療法、そして即興演奏。常に柔らかな姿勢で「音楽」と向き合い、その内側から芸術と人生の真理に迫る若尾裕氏。その仕事をキクミミ的に紐解きながら、「生きる」とは、「即興とは」を語り合う、非アカデミックで愉快な真夏の一夜です。ビールを片手にお気軽にご参加ください!

●この企画はB&Bの主催で第6回「キクミミ研究会~身体と音の即興的対話を考える」を公開にしたコネクト企画です。
キクミミ研究会:新井英夫、ササマユウコ、板坂紀代子

このイベントの内容に関するお問合せは、
相模原市立市民・大学交流センター内シェアード1 芸術教育デザイン室CONNECT/コネクトまで
http://coconnect.jimdo.com/


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2016年7月18日 (月)

「World Listening Day2016」に寄せて

 7月18日はカナダの作曲家マリー・シェーファの誕生日にちなんで、「World Listening Day」が設立されています(シェーファーは今年83歳)。今でこそ学際的に、様々な領域で使われる「サウンドスケープ」という考え方(コトバ)ですが、そもそもはシェーファーを中心に、世界の音環境を調査する「World Soundscape Project」という環境学的なアプローチからスタートしています。しかしこれにも経緯があって、大学の教員となったシェーファー自身が伝統的なクラシック音楽教育に馴染まず、「自分の存在を正当化するため」(本人弁 『モア・ザン・ミュージック』若尾裕著より)にコミュニケーション学科に移り、その流れでこのプロジェクトが必然的に生まれたのでした。まさに瓢箪から駒、というか、「音楽教育は全的教育だ」と考えるシェーファーの「柔らかに生きる力」をあらためて感じるエピソードです。しかもそれが40年近く前だったことを考えると、当時は今以上にヴィルトーゾ教育が主流だったはずの音楽教育を飛び出し、「音響コミュニケーション」を掲げ、サウンドスケープから音響生態学(Sound Ecology)を学際的に提唱したシェーファーは、当時最先端の考えを持つ音楽教育者だったとも言えます。このサウンドスケープ論は「社会福祉」にもつながると予見されていて、音楽家シェーファーの社会とつながる感覚は、今の時代の音楽家にこそ学ぶものが多いと感じています。ちなみに40年前の(当時の)アカデミズムでは、どこへ行っても氏の考えは‘嘲笑された’と本人が回想しています。

 その後「サウンドスケープ」、あるいはそれを学ぶ「サウンド・エデュケーション」は、音楽教育を始めとする芸術教育、哲学、環境学、コミュニケーション学、福祉学、建築学、都市デザイン・・と、さまざまな領域に広がり、その流れは現在まで続いています。ちなみに私(ササマユウコ)は、コネクトの活動をサウンドスケープ哲学実践の場として、「きく」を共通キーワードに持つ臨床哲学との親和性にも着目して研究しています。内と外をつなぐ柔らかな発想です。
まさに耳から捉える世界は多面体なのでした。

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