今年に入ってから、’肩書き’を必要とされる場では「民族音楽ピアニスト」と記している。
これはなんていうか、’自分の血や遺伝子に響かない音楽は演奏しない、という自分への確認というか、
小さな決意表明みたいなもの。
日本人(民族)にとらわれるならば、日本音楽以外は演奏しないということになるけれど、
日本の民族音楽って、じゃあ先住民族のアイヌ音楽じゃないの?と思ったりして、
そこでまたアイデンティティの葛藤なども生まれてきてしまうわけです。
そうではなくて、商業主義やクラシック至上主義の方々とは、
違うスタンスで活動をしているピアニストです、という自己紹介のようなものでもあります。
そうは言っても、CDを一枚でも売ったらそれはもう商売だし、西洋音楽だって良いと思ったら演奏する。
ただ、産業革命の申し子のようなピアノという楽器との関わり方を、
極東アジア人の視点から、今いちど見つめ直してみたいと思っているのでした。
そしてさらには私が東京出身で、
生まれ育った新興住宅地には、地元の(私の)民謡が無いっていうのも大きな理由だと思うのだけど。
紹介したビデオクリップは、ご存知の方にとっては今更なんですけど、
テレビをあんまり見ない私、最近知りました。
今年に入ってから大和証券が映像をCMに使用しているようなので、
(そのあたりがちょっと残念なんですけどね。リーマンショックの影響もあるだろうし、
関係者たちもしたたかに運営資金を調達しているんだな、と受け止めたいと思いますが)。
テレビで目にした(耳にした)方も多いはず。
録音技術の進歩は、こういう素敵な発想を実現することもあるんですね。
国内でももっと皆やったらいいんだと思う、こういうこと。
でもそういう時に、真っ先に弾(はじ)かれる楽器がピアノという気もするんですけど。
ちょっとした疎外感を味わいつつ、今度生まれ変わってきたら絶対に、チューニングが簡単で、
持ち歩ける楽器をやろうと思うのでした。
弾(はじ)かれる、弾(ひ)かれる・・・同じでしたね。
プレイング・フォー・チェンジ 音楽は世界をひとつにする
http://100voices.wordpress.com/2009/05/06/playing-for-change/
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